誰にでも「人には言えないこと」というのがあると思います。

私も例にもれずそうなのですが、それは主に未来に起こるかもしれないことについてです。

 

こういうことは、たとえば夢や白昼のビジョン、または脳の中に直接入ってくるようなイメージあるいは何かにアクセスしているような感覚がある「その時」に発信すればよいかというと、そうではないような気がしていて適切な時期があると思っています。

 

その「適切な時期」というのを見極めるにも100%の自信がないのですけれど、以前から視ていることをそろそろ少しずつでも出していったほうがいいんだろうか? 誰かにとっての1つの選択肢になり得るのだろうか? とかいろいろ考えてしまっています。

 

 

ほんの数か月前から世界中の予言などについて調べているのですが、出口王仁三郎、ノストラダムス、ヒルデガルド、聖マラキ、ババ・ヴァンガ、ヒトラーなどたくさんいるんですね。

中には予言というより、先見の明があるために未来に起こることをかなりの確率で予測している人も見受けられました。

 

そこで感じたのは、大体みんな同じようなことを言っているのですよね。

なので、私が今ごろ記事にしたところで、似たような内容なのに意味があるんだろうか?とも考えます。

 

ちょっと前にもそう感じて、じゃ「そうならないためにはどうするか?」ということを少しずつ発信してみたのですが、よく調べてみると出口王仁三郎という人がそれを徹底的に訴えていることが分かってきました。

じゃこれも、今さら言ったところで意味があるんだろうか?と。

 

未来に起こるかもしれないことを回避するための「警告」を受け入れる気持ちのある方は多くないと思うんですが、そういう人はおそらくすでにこういう記事をネットや書物などで見ているでしょう。

ならば、検索などであまり引っかかってこないものを書いたほうが有意義ではないんだろうか?と思った次第です。

 

 

私がビジョンなどを視るようになってから他の予言などの影響を受けて変に歪んでしまわないように、情報を提供してくれている指導霊らしき存在から他の予言やチャネリング記事などを見ることを反対されていました。

 

そんなわけで実際、予言の類には恐ろしく無知です。

でも今思うと、たしかに当時そういうものをたくさん見ていたら受け取るものに影響していただろうと思えます。

 

 

それでいくつかの未来のことや、一人一人の心がどういうふうになっていけば最悪の状態にならないで済むかということをブログを度々変えながらひっそりと記事にしてきたのですが、4日ほど前から夜中に度々目が覚めては未来についての記事を書きたくなる衝動にかられてしまうことが多くなりました。

 

でも毎回その衝動を無視して無理やり寝るのですが...

 

 

何か霊的なものが働きかけている時、「いつもと違うこと」が私の場合、必ず起こります。

今回は「夜中に目が覚める」という形で起こりました。

 

私は不眠というものとは本当に縁がなく、どんなに深い問題があったとしてもよく寝ます。

そして食欲が落ちるということもありません。

精神的に落ち込むということもなく、こういうことを判断する材料が少ないのです。

 

そういうわけでおそらく「いつもと違う」経験をすることで気づかせてくれているのではないかと思っています。

 

 

 

     * * *

 

 

 

未来に起こるかもしれないことについては、やはり小出しにして必要だと思える時期に少しずつ発信していこうと考えています。

 

これは予想ですけれど、予言書などによって今の生き方を方向づけている方が少なからずいらっしゃるだろうということを踏まえて、今一番伝えたいと感じていることを書きたいと思います。

 

出口王仁三郎の『霊界物語』という本を読まれている方の中で、『日月神示』がその後継の予言書だと感じている方は多いと思います。

ですが(これも個人的な意見になってしまうんですけれど)、霊界物語と日月神示は、「帯びているエネルギーがまったくの別物」です。

 

日月神示や今からいう本を信頼されている方はイヤな思いをされるかもしれないのですが、そういう方はスルーしてください。

嘘か本当かを議論するよりも、それが人生の拠り所になっていて大切なものなら信じ切ったほうが良いと思います。

 

ただここでは私が感じるままを書こうと思います。

 

 

『奇跡のコース』という本が大分前に流行ったことがあったそうですが、これも友人に薦められて読んでみたところ、内容自体は名前が出ていなくても「イエスのメッセージ」だと分かるんですけれど、新約聖書のイエスが帯びているエネルギーと奇跡のコースのチャネリング元のエネルギーは全然違っています。

 

奇跡のコースはほんの2ページほどしか読んでいないのですが、イエス本人か、あるいはイエスが属する霊統かを確かめるにはそれで十分でした。

というよりも、時代に望まれて出てきた予言者・預言者が今生きている人間にかかってメッセージを送ってくるということはないと思います。

その時代、その時に必要だから出てくるのであって、お役目のときが過ぎ去ってしまえばまた同じ霊統の別の存在が出てくるものだからです。

 

そういうわけで、過去の有名な霊能を持つ人の名を語るチャネリングや予言は信憑性が低いと感じます。

 

 

同じように霊界物語と日月神示も、霊統が似ても似つかないので出処は別のものです。

伝えているメッセージの内容が似ていても、根本的なものが違えば同じではありませんし、むしろ使う単語などが全然違っていても、元のエネルギーが同じならば霊統は同じといっていいでしょう。

 

日月神示を書いたのが誰かは忘れてしまいましたが、王仁三郎へのあこがれと、それとはまったく逆のライバル意識というか嫉妬心というかそういうものが日月神示の中に感じ取れるので、そういう気持ちに付け込まれたのではないかと個人的には考えています。

 

 

 

【霊統】についてなのですが、予言書などを信頼するときにこれが一番大切ではないかと思っていて、同じテーマのメッセージを時代を分けて神霊が伝えようとする時、必ず同じ霊統から出てくるのでエネルギーが違うということはあり得ないのです。

 

出口直や出口王仁三郎に降りてきている神は、言っている内容や口調は厳しくても深い慈悲が中心にあるのを感じます。

けれどもその続編だと言われている日月神示は根本に慈悲のエネルギーがまったくなく、むしろ人々の「自分自身を信じる気持ちを削ぐこと」や「未来に起こることへの無抵抗さ・無配慮」などを目的としているように思えます。

 

というか、おそらくそれが目的です。

 

いうなれば天使と悪魔のエネルギーといっていいほどの違いがあります。

 

 

日月神示については、ネットで誰かが書いたものをほんの少しだけ読ませていただいただけで全文は見ていないのですが、先ほどと同じで、霊統を見極めるにはほんの少しで十分なのです。

 

ただ霊界物語の続きだというふうにみなさん言ってらっしゃったので、期待して実際読んでみたらあまりのエネルギーの違いにビックリしてしまい、それ以上読む気にならなかったというだけでした。

 

というか言葉は悪いですが、吐き気を覚えるほど胸くそ悪くなったことだけ覚えています。

 

 

たったこれだけのことを書くのにかなり長文になってしまいましたが、信じるものがあるのは良いことですし、どんなものであろうと自分が正しいと思えばそれに突き進めば良いのだとも思います。

 

それでも、文章の内容や使っている言葉が同じだからといって「同じもの」と判断してしまうのはとても危ないですし、確証もなくたくさんの人に発信してしまったらイエスや王仁三郎が言っているように「盲人が盲人の手を引いて二人で穴に落ち込んでしまう」ことになりかねません。

 

 

結局私たちは誰かの言ったことを基準にして、無条件でいろいろなことを信じてしまっているような気がします。

 

 

これからは「霊眼」が必要になってきます。

 

 

霊眼を鍛えるには、ただ静かに座り全体集中をする瞑想がとても有効ですが、瞑想や座禅ヨガに興味を持つ人が以前より増えているように感じるので、霊眼を持つ人が今後たくさん出てくる可能性があるかもしれないと思っています。

 

 

王仁三郎という人が書いた書物をいくつか見て感じたことですが、王仁三郎が言ったことなどについては時代の流れが共にあったわけで、信者さんたちの期待や風当たりも大きかったでしょうし、何かを演じなければならない時もあったように思えます。

 

けれども人生を重ねるにつれて予言の内容も深くなっていったのだと思いますし、王仁三郎という人は大変な霊能の持ち主ですが若かりし頃には欲や野心もあったのだろうことは文章の中から察することができます。

 

また王仁三郎がそうした理由は「人類のため」だったというのが、イヤというほどに伝わってきます。

王仁三郎にとっては、メッセージを受け取る人が一人でも多ければ自分の命などどうでもよかったのかもしれません。

 

ただ心から尊敬しているのは、悪役を進んで買って出ていたことでしょうか。

悪役・憎まれ役を進んでできる人というのは、本物の予言者・預言者だと私は思います。

 

というか、予言者・預言者というのは時代の導き手であると同時に憎まれ役でもあるのが本当で、正直に言ってしまうと良い人間を演じている予言者・預言者は結果的に自己が肥大化した人が多いように感じています。

 

 

王仁三郎が書いたという書物をまだすべて読んではいないのですけれど、おすすめしたいのは『伊都能売神諭』で、こちらのサイトから読むことができます。

 

この神諭は大切なことを内側に隠してあるようなので意見が分かれるところかもしれませんが、文章の裏に感じるものがある方は一度目を通されることをオススメいたします。

 

 

どんなときも自分の判断が、大切な人の人生にも大きな影響を及ぼすことを忘れないようにしたいと思います。

 

 

 

 

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